えいごのいずみ

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won'tを知らなかった私がどうやって2年間でTOEIC600になったか(4)

《プレゼンテーション》

 

この学校のシステムの特徴の一つとして、班分けをして、その班で発表(プレゼンテーション)をさせることがありました。

 

人前で発表することは、いろいろな目的があったと思いますが、
「恥ずかしい」を払拭するのもあったと思います。

ただでさえ人前で話すのは緊張するのに、英語です。

 

ハワイでも、プレゼンがゴールです。


このプレゼンテーションには、かならず順位がつけられました。賞品などなかった気がするのですが、なんであんなにがんばったのかしら。 

このプレゼンテーションが、また一筋縄では行かなくて、

ドラマ仕立て、またはショウにして、

コミュニケーション能力が(英語力が)ある程度しかなくても観客に内容を解らせるようにするのが上位入選のコツでした。 

今ならパワポでスライドや、ビデオを挿入する、などもありでしょうが、
当時は、模造紙にコスプレです。 

みんな学生でお金もないから基本的に手作りでした。 

だいたい、パソコン、個人では持ってないですし(笑)

このプレゼンテーションのために 

○調べて 

○案を練り上げて 

○大道具、小道具を作って、 

○練習して 


というのを班でやるのですが、これをみんな英語でやるわけです。 

内容についての話し合いを、外のファーストフードのお店で

日本語でやっつけたりするときもありましたが、

外にいても英語でやるときもありました。
電車の中でも英語で話していました。

父からは、「気をつけろ、いやがる人もいるぞ」と、言われましたが 
(ふん、そんなこと言ってたらできるようにならん!)と思っていました。 

班だと、日本人特有の【周りの人に迷惑がかかる】という心理で 
休んだり、さぼったりしにくいのです。
自分のせいで他の人がFになったら大変ですから。 

まるで戦時中の5人組のようだ、日本人向きのシステムを上手に考えたなあ、と、そのころ思ってました。 

この感じ、今ではもう通用しないかもしれないですね。どうなんでしょう……? 


年齢的には、昼間部の専門学校生が18~20歳くらい、夜間部は圧倒的に大学生が多かったと思いますが、高校生もいました。

 

通常も週三日ですし、夏休み中のハワイの合宿メニューは、働いてる人が通うのはなかなか大変なプログラムだったと思いますが、中には50歳を越えた男性もいらっしゃいました。ものすごくがんばって残業をぶっちぎって夜の授業に毎回参加し、ハワイにも2週間、あの方は、何かにかけてたなあ、すごかったな、と、今、同じくらいの年齢になると思います。 

後はまあ、若い子は、いいかっこしたいとか、仲間に会いたいとか、なんだか楽しいとか、可愛い子がいる、カッコいい子がいるとか、そういうところでもがんばるわけです。サークル活動みたいなもんです。でもそういえば、飲みに行ったことはありませんでした。たぶん20歳以下の子が多かったからかもしれないし、みんなまじめだったから?

飲む暇がなかったのか……。


《道でアンケート調査》

 

調査する中で、これも「恥かしい気持ち払拭」対策だと思いますが、 
街頭でアンケートをとってくる、というのがありました。 
渋谷と、ハワイの両方です。 

もちろん渋谷では「すみませーん」と、日本語でやります。 

内容は、もうほとんど覚えていませんが、 

「1000海里問題をご存知ですか」 

と聞くと、大概の人が 

「(漁業問題の)200カイリのこと?」と、聞き返したのを覚えています。 



ハワイのインタビューはもうドキドキです。まだ覚えてます。 

"Hello, I'm a student of Tokyo Matsumoto School of English. May I ask you several questions?" 

ハワイは基地がありますから、 
「Sure, I'm a Navy」などと言われてしまい、渋谷とは温度差あるな~と思ったことだけ覚えています。黒人の人があまりに色黒なのでビビったりして。 

お買い物も言い方のプリントがあって、その言い方を覚えておいて、かならず英語で、という指令が出てました。ハワイは日本語通じちゃいますからね〜。

なんでもドキドキでしたが、楽しかった、楽しかった。
ホームステイも現地の家族のところへ、確か1泊か2泊ありました。

覚えていたVisitorの中の表現が通じてうれしかった……。

観光もあったし、海でも遊びました。でもずっと英語。 

 

《英語で考え始める》

 

これだけやりこむと、 
”I was speking in English in my dream!"(英語で夢見た!)なんていう人がどんどん出てきます。 

飛び起きたときに、What time is it!?って言う自分にびっくりしたり、 

おお、わたし、今、話してるときに自然に不定詞使った~♪なんていう喜びが出てくるのでした。 

わたしは、関係代名詞など使って文章を長くするのがうまくできなくて、とにかく短いセンテンスでしゃべっていたら、他の男の子に「きみのように的確に歯切れよくしゃべりたい」とか言われて「はあ~?」と思ったのを覚えています。 

The grass is always greener on the other side of the fence.(隣の芝生は青い) 

日本語はもちろん禁止でしたが、食事のとき、英語では「いただきます」にあたる言葉がないので、みんなで小さい声で「いただきます」って言ってから食べてました。 

やっぱり「いただきます」って言いたいのです。


日本語を話した場合の罰金は4ドルでした。1ドル = 250円だったんです。 

隔世の感あり。 



日米貿易摩擦も問題になっていて、Japan US trade frictionって言う時に、相手がわからないと、”friction”って言うときに手をこすり合わせてたのを思い出します。

「摩擦」です……。


こういう身体性は大事ですね。身体を使うのって大事です。 

 

 

 

《結果は》

で、ゴール、プレゼンテーションの結果は、どうだったかというと、
他の班の発表はおろか、自分のところの発表の内容も全く覚えてないのですが、
わたしたちの班は、どうも内容が難しすぎてうまくまとめきれず、

最下位だったのだけ覚えています。 

 

 

でもあんまり私は気にしてなくて

(もともと普段から順位などあまり気にならないので)

この体験で、

「わあ、ちょっとできるようになったかも!」という気持ちと、
「いや、全然だめだ、まだまだ、勉強しなくちゃ!」という

ブースターを背中に背負ったような、勢いのついた20歳の夏休みでした。

 

少なくとも簡単なことなら「英語で考えて話す」のがどういうことなのか、

わかり始めました。

4月から始めて、ここまで、5ヶ月です。  

 

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つづく。

 

 

 

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